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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 会いたいなあ。
 会わなくちゃ。
 だってきっと心配している。
 そんな思いがぐるぐる、ぐるぐる…頭を巡る。けれどどうしていいのかわからない。
 ぎゅうっ、と貰った飴細工を握り締める。目の前ではまだ、子供がこちらを心配そうに見ている。
「大丈夫なのですよ?」
「ほんとに?」
「はいです。とても綺麗な飴を貰って、元気が出たのです。だから大丈夫です」
 言えば、照れたような子供の表情。可愛い。イル=ベルは自然と微笑んでみせ、最後にもう一度、心を込めて「ありがとうなのです」と感謝の気持ちを伝えた。


 少しだけ、気持ちが落ち着いた気がする。大丈夫。きっと、大丈夫。先程子供に言った言葉を、心の中で反芻する。何の確証もないただの言葉は、けれどイル=ベルに勇気を与えた。
 目の前では、未だに多くの者が楽しげに歩いていく姿が見受けられる。少し遠く、けれどそれほど離れてもいない遠くの方から、祭りの音楽が聞こえた。そんな中で、壁に背を凭れ、空を見上げた。青い空。白い雲。快晴。―――ルクシュアルの“上”では決して見れない光景だ。物珍しさも手伝って、そのままずっと空を見続ける。手には飴細工。一本…ではなく、三本。あの子供がくれたのだ。他に二人と一緒に来たのだと、そう言ったら。申し訳ないと思いながらも、つい受け取ってしまった。
 その三本は、今確りとイル=ベルの手に握られている。誤って離さないように、ぎゅうっと力を込めて。
 それだけで、どこか安心した。
「二人とも、どこにいるのでしょうか…」
 尤も彼らの側からすれば、逸れたのはイル=ベルの方で、「一体どこにいるんだ」という台詞もまさしく彼女に掛けられるものだろうが。それを考え、はあ、とため息を吐いた。気付けば視線は空から地上へ、歩いていく人へと移っていく。
 もしかしたら―――そんな気持ちがあった。もしかしたら、見つけてくれるかもしれない。見つけられるかもしれない。
 そんな希望を抱き、けれど「ここはとても広いのに、そんな都合よく見つけてもらえるわけがない」と自嘲気味に笑う。普段ならばしないような表情も、こういう緊急時には出てしまうものらしい。
 もう会えない、とまではいかない。そこまで深刻ではない。会おうと思うのなら、自分たちの世界に戻ればいい。そうすれば、無事に再会できるだろう。
 だけどできることなら………
(お祭り、皆で回りたかったのです…)
 夜には花火が打ち上がるらしい。イル=ベルは花火というものを知識としてしか知らないが、とても大きな音のする、とても綺麗なものだと聞く。きっと三人で見たら楽しいだろう。
 飴細工だって、見せたいのに。
「―――――会いたいな」
 ぽつりと呟いて、ぽうっとした表情で、虚空を見つめて、
「イル=ベル!」
 唐突に、聞きたかった声が、耳に入った。
「………ほえ?」
 目を瞬かせ、声のした方を見れば、――――何故かレイ=ゼンがその場でがっくりと壁に手をついていた。
「ええと…大丈夫ですか、レイ=ゼン?」
「おまっ…え、なあ……っ」
 なんだか、怒っている。ように聞こえる。きっと迷子になったことに対してだ。
 でも、なんでレイ=ゼンが一人で?
「ムトリ=ルーは?」
 咄嗟に口を突いて出た言葉に、レイ=ゼンが態勢はそのままに、顔だけをイル=ベルに向けて答えた。
「二手にわかれてお前を捜してたんだよ」
「ええっ? そ、それではムトリ=ルーとは会えないのですかっ?」
 それじゃいけない。それは駄目だ。
「なわけないだろ。ちゃんと集まる場所も時間も決まってる」
「そ、そうですよねっ」
 ぱっとイル=ベルの顔が華やいだ。そうか、それなら安心だ。というか考えてみれば当然だ。自分ならまだしも、レイ=ゼンとムトリ=ルーが集合場所&時間も決めずにわかれるはずがない。………でも、良かった。本当に良かった。
「………つーより、勝手に一人で決めて勝手に一人でどっか行きやがったんだけどな、あの馬鹿は」
 ぼそぼそとその後にレイ=ゼンが言っていたのだが、少し…いや、かなり怒っているような気がしたので、突っ込んで訊くことはできなかった。というより、イル=ベルは悲鳴を上げないように口を押さえることで精一杯だった。
「で、でもこれで三人でお祭り回れるのですね!」
「………。…………そうだな」
「…………!?」
 珍しい。レイ=ゼンが同意してくれるなんて。
 自分で言っておきながら賛同の意味を持つ言葉が返ってくるとは夢にも思わなかったイル=ベルは、初めその言葉の意味がわからずにきょとんとしていたが、暫く考え、その言葉が何を示すものかを理解すると、目を丸くさせた。
 何か文句があるのかと、じとりとした視線を寄こしたレイ=ゼンに慌てて首を振る。驚いただけだ。嫌だったわけじゃない。むしろ、嫌だなんて言うはずがない。
 にへへと笑うと、虚を衝かれた表情で、レイ=ゼンが固まった。いつも睨まれると縮こまるのに、今日は笑顔で返されたことに驚いているのだろうか。けれど次第にそれは別の色を見せ、
「…ほら、行くぞ。集合まで時間無いんだ」
 早々に歩き始めた。
 …イル=ベルの手を握って。
「ふ、ぇ?」
 急に引っ張られ、前につんのめりながらも、頭の中では疑問符がぐるぐると渦巻いている。普通ならその状態で一歩あるこうものなら転ぶのだが、今は転ばない。レイ=ゼンがイル=ベルの手を引きながら、同時に彼女の分まで上手くバランスを取っているおかげだ。しかし今のイル=ベルには、そのことについて感謝の念を覚えるだけの余裕すら残っていなかった。
 そんなイル=ベルの顔を、レイ=ゼンが立ち止まり、怪訝そうに覗き込んだ。
「なんだよ?」
「へあ? え、あ……あの、れ、レイ=ゼン…て、ててて」
「とりあえず、落ち着け。普通に喋れ。何が言いたいんだ」
 ムトリ=ルーがこの場に居れば呆れてため息を吐いただろう発言にも、イル=ベルは何も思うことができなくて、視線が繋がれた手とレイ=ゼンを行き来するだけだ。
 だが、何が言いたいのかを伝える分には、それで十分だったようだ。ああ…、と視線を一度そちらに移してから、事も無げに言った。
「離すのはなしだぞ。お前、目を離したらすぐ逸れるだろうからな。…そうじゃなけりゃ転ぶに決まってる。だからってずっと見てるわけにもいかないし。俺はもうお前を捜して走り回るのは御免だ」
「え…う、で、でも…」
「良いから! さっさと行くぞ」
 未だ戸惑うイル=ベルの言葉を遮り、再びすたすたと前を歩き始める。…それでも、遅くしている方なのだろう。イル=ベルはその隣を、少し早足でついていく。あわあわとしている彼女に、レイ=ゼンは目を向けずに、ただ前を見ながら、先程よりも早口で、
「三人で祭り回るんだろ?」
 へ、とイル=ベルが思わず彼の顔を見上げる。レイ=ゼンの方が前を歩いているのでその顔までは見えなかったが、黒い髪の間から見える耳が、いつもよりずっと赤いことに気付いた。
 途端、言いようもなく、嬉しくなって。それがどうしてかも、よくわからないけれど。でも、嬉しくて。
 手に持った、三本の飴細工を、ぎゅっと握り締める。
「はいなのですっ! 三人でお祭り、回るのですよ!」
 彼らの祭りは、ようやく始まろうとしていた。

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