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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 珍しいこともあるもんだ、とヤガミは心の中で呟いた。彼は一度来ると、こちらの嫌々とした態度を愉しんで、なるべく長く居座ろうとするのだ。それがどうだ。今日は恐ろしいほどにあっさりと帰っていった。
(まあ、早く帰ってくれる分には、全く問題ないんだが。むしろ、いつもあんな調子であれば、な)
 やれやれと無意識に入っていた肩の力を抜く。
「ありがとう、ヤガミ。疲れたでしょう?」
「いえ」
 首を振り、弛緩した身体を叱咤する。情けないところを見せてしまった、と少しばかり後悔した。そうすると、くすくすと笑い声が聞こえた。視線を向けると、彼の主が穏やかな顔で笑っている。
「ごめんなさい。けれど、嘘を吐く必要はないのよ? 彼は高位の神だもの、知らず身体に力も入るというものでしょう」
 彼女――セルディアンヌカルトであれば、話は別だ。彼の主は彼女なのだから、一々傍にいるだけで疲れていては仕方ない。だから、“護衛”の職を持つ彼は、彼女の傍にいても必要以上の緊張はしない。―――まあ、彼女が神であることを除いても、彼女が彼にとって唯一無二の主であることに変わりはないので、それが理由で身体が強張るのは仕方がないことだと言えたが。
 しばし考え、正直に言うことにした。
「そうですね、少し。ですがあれが主と同じ位とは、私には信じられません」
「そうねえ。ここに来る時は彼、なるべくそういう気配を消しているものね」
「………そうなのですか?」
 初耳だ。驚いて目を見開くと、そうよ、と事ぞともなしに告げられる。
「“護衛”が倒れないようにっていう配慮みたいね」
「何故彼がそんなことをする必要が…」
「あなたが倒れれば、わたくしを護る者がいなくなるから」
 だとしてもすぐに倒れてやる気はないですけどね、と高位の神は笑ってみせる。とても穏やかに。けれどどこか不敵に。
「別にあなたのため、というわけではないんでしょうね」
 セルディアンヌカルトの方を見れば、彼女も同じように、自分の方を見ていた。
「そしてわたくしのためというわけでもないの」
 全てを見通すような、瞳で。
「きっと――いえ、そんな曖昧なものでもないわね。絶対、そう、“絶対的に”。あの人が自分以外の誰かのために動くのなら、その誰かは、ほんの僅か――二人だけ」
「………同居人の?」
 確か、とヤガミは考える。ムトリ=ルーの世界では、神の数は三。彼も大概有名人だが、他の二人もそれと同じくらいには有名だ。それぞれが、別々の理由で。よくもまあこんな組み合わせでやっていけているものだ(しかも内一人はムトリ=ルーみたいな奴だ)、とそれを知った当時は思ったものだが…。
「ええ。それ以外の人はね、彼にとってはどうでも良いの。壊れようが、壊れまいが、どうでも、ね」
「………私は」
 ヤガミは、そんな主を見つつ、言葉を紡ぐ。くすくすと、いつも笑う彼の顔を思い浮かべながら。
「私は、それで良いと思いますが。そもそもあのような性格の奴に、そういう存在が居るということ自体が幸運です。それがあるからかろうじて、あれが“生きている”のだとわかります」
 そうでなければ、あれが生きているなどと、何かヒトらしい感情がある生き物なのだと、誰が思うだろうか。
 それを思えば、幸運だったのだと。
 そこまで考え、ヤガミは「ん?」と首を傾げた。
「しかし何故それで、私が倒れるのを防ごうという考えに至るんです?」
 二人だけが大切だというのならば、何故?
 この時ヤガミは、セルディアンヌカルトの言ったことを毛ほども疑っていなかった。彼女は神である。だがその前に、この世界一の商人である。その彼女が“客”の本質を誤ることなどないのだ。ただそれがわかったからといって、彼女がわかっているように振る舞うかは、その時の相手によるが。
 純粋に、「何故だろう」という疑問を含んでいるだけの問い掛けに、セルディアンヌカルトは少し微笑んでから答えた。
「わたくしは、この世界そのものです。わたくしが死ねば、この世界は滅びるでしょう。ここは、そういう風に出来ています。そういう風に創りましたから。だからですよ。―――神々が楽しむための世界。それが消えれば、どうなります? その原因を、神々は憎むでしょう。恨むでしょう。例えばそれが彼だった場合、矛先は彼だけではなく、彼と“同じ”である、二人にも向く。それに彼ら自身、この世界を楽しんでくださっているようですしね。その楽しみを奪うのも、彼は嫌なのでしょう」
 それだけなのですよ、とセルディアンヌカルトは笑った。
「他の神々が絶望することも、激怒することも、彼にはどうでも良いこと。ただそれが自分の大切な者たちに向くことだけは、許さない」
 病的なほどの、執着心。それが垣間見える。普段の飄々とした彼からは、想像もできないほど、深い。
「だから彼は、わたくしを決して傷つけないでしょう」
 そうして最後に、“商人”はにこりと笑った。
「ある意味で、とても扱いやすい“お客様”ですわね」
 それからふと、何かに引っ張られるかのように、その顔が窓の外を見る。陽は既に高くあがっている。あと一刻ほどしたら、もう昼になるだろうかという時間帯。
「あら、もうすぐのようだわ」
「は?」
 どことなく楽しげな彼女の顔に、つられて外を見るが、特に変わった様子はない。
「いえ、なんでもありませんよ、ヤガミ。それより、もうお昼が近いですし、休憩といたしましょう。わたくしは外に食べに出ますが、あなたはどうしますか?」
「主が外に出られるのなら、私がお供するのは必然です」
「そう。それじゃあ、お願いするわ。帰りに少し寄り道をするけれど、よろしい?」
「もちろん。しかし、どこに?」
 彼女が初めから明確な意思を持って寄り道するとは、珍しい。いつもは、その場に出てから、「それじゃあついでに市場の様子も見て行きましょうか」という具合に周っていくのだ。
 首を傾げた従者に、彼女は笑った。
「飴細工を買いに。とっても綺麗で、美味しそうなんですもの。見ていたら、なんだか欲しくなってしまったの」

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