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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 大通りから外れた道。端の端、だからだろうか、人通りもまだらで、どこか物寂しい。遠くから聞こえる祭りの音楽が、更にそれを助長しているようだった。その中の一角に、その建物はあった。レトロな雰囲気を醸す、二階建ての建物だ。見た目こそ他の建物に比べるといささか小さく見えるが、中に入ればその印象は逆転するだろう。見えないだけで、むしろ他と比べて大きいのだと。
 別にそれ自体は問題ではない。元より、この構造は、そう思わせることが狙いなのだから。
 シンプルながら、統一感のある内装。深みを持つ色を多用したその場所は、自然と人を落ち着かせる効果がある空間となっている。
 そこが“世界の中心”だと知る人物は、本当に少ない。
 ―――しかしその真実を知る数少ない人物の中に、何故こいつが入っているのだろうか。
 ヤガミは手に持った槍を無意識にぎりっと握り締め、目の前でくすくすと笑う男を見た。見目は良い。それは認めよう。でもだからなんだ。憎たらしいことに変わりはない。
「やあヤガミ、今日もステキに不機嫌そうだね」
「それはお前が来たからだ。用が無いなら今すぐ即行で帰れ。用があってもとりあえず帰れ。さもなきゃ俺が無理にでもお引取り願わせるが?」
「あははっ、無茶言うなあ。それに最後の言葉は文になってないよ」
「黙れ腐れ外道」
 ぎろっと睨み付ける。大抵の者はそれだけで恐れ戦(おのの)くのだが、この男――ムトリ=ルーだけは違う。むしろおかしそうに、更に笑うのだ。これもヤガミが彼を嫌う理由の一つだった。
 それは“商人”の本能と言えるものだ。商人は、自分の為すことをしてこそ、幸福感を得るのだ。ヤガミの場合は、それが他人に喜んでもらうためではなく、彼の主の身を護るためだというだけ。だからこそ、彼は自分のことを恐ろしく思わせ、幸福感――否、この場合は達成感、か――を得るのだ。それは彼の誇りである。それが相手に効かないという事実は、自分の力不足を示すものであり、また自分が役割を果たせていないという証拠だ。
 それも、苛立ちの一つであるのだろう。認めよう。それを相手にぶつけるのは、完璧に完全な八つ当たりだと。
 だけど言わせてもらえば、この男の場合は、それだけではないのだ。本能とか自分の役目とか、そういうことを一切合財なしにしても、ヤガミはムトリ=ルーが気に入らない。根本的に合わないのだ、きっと。
 ふうー、と相手への威嚇と自分への戒めの意味で、鋭く息を吐く。
「そこまで嫌う? 流石のボクでもちょっとは傷つくよ?」
「ハッ、お前がその程度で傷つく玉か? 到底そうは見えないんだがな」
 事実、「傷つく」発言をしながらも、笑顔は崩れていない。いかにも嘘っぽい。というか、彼の言うことは全てが嘘だと思っていた方が良い。一々疑うよりも、その方がよっぽどか楽だ。実際ほとんどが嘘である。罪悪感など湧くはずもない。
「本当だよ。嘘じゃないさ。―――キミの喋り口調は、彼に似ているからね」
「はあ?」
 眉を寄せれば、「まあそんなことはどうだっていいんだけどさ」と言う。どこか誤魔化しが入った気もしたが、けれどわざわざそれを突き止めるために彼との会話を発展させる気は毛頭ない。
「セディアンに用があってきたんだよ。通してもらえる?」
「駄目だ」
 咄嗟に否定の言葉が出た。身体が条件反射的に強張る。槍を握る手に更に力が篭った。後ろにあるのは、扉。彼の主の下へと続く扉。例え誰であろうと、ここを通すわけにはいかない。―――特に彼のような、何を考えているのか全くわからないような人物は、危険だ。
 冷静に、頭の中で言葉を組み立てる。
「主はお前と違って大変多忙でいらっしゃる。悪いが、会う時間は取れない」
「あれ? 悪いって思ってくれてるんだ?」
「………訂正する。全く全然爪の垢ほども悪いとは思っていない」
「ははっ、正直だねえ。ボクはキミのそういうとこ、嫌いじゃないんだけどなあ」
「気色悪いことを言うな。殺すぞ」
 ヤガミはその発言が冗談でないことを示すために、槍を構える。本気だ。本気で嫌がっている。それを見て、ムトリ=ルーはますますおかしそうに笑った。どうやら本当に刺されたいらしい。いつ突き出してやろうかと考え始めた時、
「―――ヤガミ、槍を下ろしなさい。それから、彼をお通しして。大切な客人を出迎えるくらいの暇ならあるわ」
 扉の奥から、声が聞こえた。透き通るような、澄んだ声だ。柔らかで、それでいて芯の通った声。
「主、しかし…」
「ヤガミ。わたくしの言葉が聞こえませんでしたか?」
 再度そう言われては、ヤガミが主の言葉に従わないわけにはいかない。渋面を作りながらも、槍を立て、その場から横に身体をずらす。
「どうぞ」
 彼女の声が、ムトリ=ルーの入室を促した。ムトリ=ルーは先程と全く変わらぬ表情のまま、飄々とした態度で扉に手を掛ける。凡人ならば、近付くだけで無意識に畏怖するものも、彼の前ではなんの意味も持たないらしい。その横顔を、ヤガミが睨み付けるようにして見ている。
「ヤガミ、あなたがどうしても心配だというのなら、入ってきてもよろしいわよ?」
 扉の奥からでは、その光景は見えるはずがない。けれど彼女は、その光景がまるで全て見えているかのような発言をする。
 否。実際、彼女には“見えている”のだ。この世界は、“彼女そのもの”なのだから。
 ヤガミは少しの間逡巡し、けれど自分を面白そうに窺うムトリ=ルーを見た瞬間に、その心は決まっていた。
 ―――こんな奴を主と二人っきりにするなど、危険すぎる。もしも主の身に何かがあったら、大変だ。
 ムトリ=ルーはそんな彼を見て肩を竦めるような動作をした後、扉を開け中に足を踏み入れる。
「お久し振りですね、ムトリ=ルー」
 声がその部屋に反響した。否、反響したように聞こえた、といった方が正しいか。
 彼女はその部屋の奥に座っていた。扉の外と同じように、けれどそこに比べると多少高級感の溢れる部屋の、その奥に。穏やかな微笑を浮かべながら、さあどうぞ、と自分の正面にある椅子を示した。
「いや、良いよ。そう大して長くなる話でもないから」
「そうですか?」
 穏やかな微笑は崩れない。けれどそれはムトリ=ルーのような、どこか貼り付けたと感じさせる笑顔ではない。
「まずは部下の無礼を謝罪させていただきますわ。―――あなたのことですから、気分を悪くされるというようなことはないかと思いますが」
 その言葉は堅苦しい挨拶ではなく、茶目っ気のあるものだった。親愛する友へと贈る言葉だ。
「謝罪する必要はないよ、セディアン。キミの言うとおり、ボクは気にしていないからね。それに心中では彼が無礼を働いたとも思っていないだろう? 彼は単に、職務に忠実であったというだけなのだから」
 くすくすと笑いながら、ムトリ=ルーもそう返す。隣のヤガミは、どこか憮然とした表情で、けれど視線は泳がせず、ただ真っ直ぐに前を見ていた。
「それでわたくしに用事というのは、お連れの方のことなのでしょう?」
 全てを見通した発言に、けれど彼の表情は変わらない。それは当然のことだからだ。“彼女”が“彼女”のことを知っている。それのどこに矛盾があるというのか。唯一それに怪訝そうな顔をしたのは、ヤガミだったが、彼のそれはムトリ=ルーの事情を知らないためであって、彼の主に対してではない。
「流石だね。話が早くて助かるよ。―――ところでこれは商談かな? それとも友との談話?」
「そうですね…あなたのところの魔法を使ったランプには、興味を惹かれるものがあるのですが――― 一応、後者ということにしておきますわ。前者についてはまた機会があった時にでも」
「そうだね。その時はランプを土産にすれば良いのかな」
「ふふ、お願いしますわ」
 二人は和やかに言葉を交わすと、さてそれでは、と彼女が唇に人差し指を当てた。
「あんまりに焦らしてもいけませんからね。結論から言いますわ。“全く心配ありません”。とりあえず、今現在彼女が居る場所をお教えしましょうか?」
「…………」
 ムトリ=ルーはそこで少し考え込んだ。彼にしては珍しいことだ。というより、ヤガミは彼が悩む姿など、初めて見た。そもそも彼があの胡散臭げな笑顔を浮かべている以外の表情など、見たこともなかったのだが。
 少しして、彼はふっと笑った。
「そうだね、それは良いよ。キミは“客”に間違った情報を与える人ではないからね」
「あら。それほどまでに信頼していただいているとは、嬉しいですわ」
 にこり、と彼女は笑う。
「じゃあ、そろそろお暇(いとま)するよ。初めに“すぐ終わる”と宣言したし、何よりここに長居しようものなら、ヤガミが怒り狂いそうだからね」
 当然だとばかりに、ヤガミはふんと息を吐いた。怒り狂う、という表現は、流石に少々乱暴すぎるが、わざわざ否定することでもない。そんな彼を見て、ムトリ=ルーはくすくすと、いつものように笑いながら、嫌味なほど丁寧に一礼してみせると、
「それではまたね、セルディアンヌカルト」
 部屋を出て行った。暫くし、今度は出入り口のベルが鳴り、彼がこの建物からも早々に出て行ったことがわかった。

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