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生きたいと想って。生きたいと願って。だから生きているのだと思えるこの場所で――
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 どうしよう。
 イル=ベルは途方に暮れていた。
 自分が大概面倒を起こすことは、彼女自身承知していたが、まさか来て早々逸れることになろうとは、全く想像していなかった。
 否、逸れるかもしれないなぁ、とは思ったのだ。けれどそれよりも、「皆でお祭り」という誘惑に負けてしまった。
 逸れてしまえば、「皆で」もなにもなくなるというのに。
 イル=ベルは不安げに通りを歩くヒトの姿を見た。誰もイル=ベルが泣きそうになっていることなど気付かない。別に彼らが非情であるというわけではない。それは当然のことなのだ。
 けれども、心細い、という気持ちは確かにあって。
 せめてどこかに知り合いがいたら良かったのに、と視線を巡らす。当然ながら、そうそう都合良くは現れない。
 どうしよう。
 何度目かの言葉を、胸中で呟く。ここに留まっていれば、レイ=ゼンとムトリ=ルーが見つけてくれるだろうか。それとも、敢えて動いていた方が良いのだろうか。いっそ何か問題でも起こせば、彼らも見つけやすくなるかもしれない。――――その度合いがイマイチ掴めずに、後で彼ら…というよりも、レイ=ゼンに怒られることは必至だが。
 どちらにせよ、怒られるだろうなあ、と思わないでもない。
 なにせ半ば強引に彼を連れ出したのは、自分なのだから。その自分が、よりにもよって迷子。
 絶対、大目玉を食らう。
「はう…」
 知らず、息が零れた。それは正直に言って、とても嫌だ。たとえ自業自得だとしても、嫌なものは嫌だった。
 どうしよう、と頭を抱える。街を彩る色とりどりの装飾はとても綺麗で、普通にしていたらきっとイル=ベルは一も二もなくはしゃぎまわっただろうが、生憎と今はそんな気分ではない。―――ふ、と。もしそんな風にはしゃいでいたら、それはそれで、結果的に今と同じような状況に陥ったのではないかと、ちょっとだけ思ったけれど、とりあえず考えないことにした。
「レイ=ゼン、ムトリ=ルー…」
 小さく小さく、彼らの名前を呼んでみる。
 もちろん、答えは無い。
 ―――もしもこのまま、ずっとここではぐれたまま会えなかったらどうしよう。
 しまいには、そんな考えさえ浮かんできた。
 それは嫌だ。絶対嫌だ。それならまだレイ=ゼンに思いっきり怒られた方がまだマシというものだ。
 そもそも、そう、レイ=ゼン。本当ならば、彼に少しでも楽しんでもらおうと思って、ムトリ=ルーと一緒に考えたことなのに。それなのに、今のこの状況はなんだろう。全くの逆ではないか。ほとほと自分の間抜けさに嫌気が指す。どうしてもっと上手く出来ないのだろう。
 悪い癖が出て、いつかのように、いつものように、そうして暗い暗い思考に陥りそうになって、顔が自然に俯いていく。
 そんなイル=ベルの視界に、突然ぱっと色がさした。ひゃっ、と小さく悲鳴を上げ、飛び退いた。―――といってもそこは道の端。背にあるのはもちろん壁だ。ごんっ、と良い音がして、頭に鈍い衝撃。痛い。半端なく痛かった。
 あまりの痛みに悶絶していると、前方から焦ったような声が聞こえた。
「だいじょぶ、おねーさんっ?! ごめんね、ごめんね。脅かすつもりはなかったの。本当だよ?」
 まだ幼い子供の声だ。年長の意地というのもあってか―――先程ので、既にそんなものはあってないようなものと化しているが―――、大丈夫なのですよ、と顔を上げる。ただ瞳には痛みによってか涙が浮かんでいるし、未だに継続するソレを耐えるかのようにきゅっと結ばれた唇の所為で、我慢しているのはありありとわかってしまっているのだが。
 自分の目の前には、案の定、子供が立っていた。すっぽりとぶかぶかのローブを着込んだ子供の性別は定かではないが、神ではないことは確かだった。では何であるのか。そんなことはわかりきっている。商人だ。見ればすぐにわかる。神と人間とでは“気配”が違う。同じ神同士ならば、尚更顕著にそれを感じ取れる。
 尤も、そんなことで確認しなくとも、もっと別にその二つを明確に区別するためのモノが、この世界には存在しているのだが。
 小柄なイル=ベルよりも、もっと小さなその体躯。あどけないその顔の額。そこに己が商人であるという証の、紋章が浮かんでいる。それはこの世界に“商人”として生れ落ちた者に与えられるモノだ。複雑怪奇、というわけでもない。ただ、そこには確りと、“世界の標(しるし)”が刻まれている。それが何よりの証拠だ。標は、その世界の神によってしか付けることが出来ないから。
「おねーさん?」
 大丈夫だと言ったきり、何の反応も無いイル=ベルを心配したのだろうか、子供がひょいと彼女の顔を覗き込んだ。
「あ…ほ、本当に平気、なのですよ。心配してくれて、ありがとうなのですね」
「ん。ん。どーいたしまして、なのですよ」
 子供はくすくすと笑う。どうやらイル=ベルの喋り方を真似ているらしい。そこに意地悪そうな色が見えれば、流石のイル=ベルも笑えはしなかっただろうが、そこに浮かぶのがどこまでも邪気の無い純粋なものだったので、イル=ベルもついその微笑ましさに、微笑を浮かべた。それだけで先程の沈んでいた気持ちが浮上してくる。
「あのね、でも、びっくりさせちゃったのは、ほんとなの。だからね、これ、ね。お詫びなの。そうじゃなくても、ぷれぜんと、なの」
 舌足らずにそう言って、子供はずいっとソレを突き出した。色とりどりな、ソレを。ああ、先程視界に入った“色”はこれだったのか、と理解する。
 綺麗な飴細工だ。模られている物も様々で、見ているだけでも楽しい。
「すごく素敵なのです! あなたが作ったのですか?」
「んーん。おとーさんとおかーさんが作ったの。あのね、うちはね、飴屋さんなの」
 にこにこと笑う子供の顔は、どこか誇らしげだ。
「んとね、いつかちゃーんと作れるようになって、それで配るのが夢なの。だから頑張るのー」
 子供は早く受け取ってとばかりに、飴細工を持つ手を更にイル=ベルに近付ける。しかしイル=ベルの表情の変化に気付き、その顔をじっと見つめた。
 ―――この世界には、“お金が第一”という概念が無い。基本的に、全てが“無料”で分け与えられる。ただそれは名目上のことであって、実際には物を貰えば何かを返す。神はその気持ちに感謝を、そしてこの世界に敬意を表(ひょう)し、“御礼”を渡すのだ。その御礼は、物であったり硬貨であったりするのだが。
 けれど今のイル=ベルは何も持っていない。
 それが彼女を躊躇させていた。
 それらを見て取った子供は、またにこりと笑う。
「あのね、これね、ぷれぜんと、なの。だからね、お礼、とかね、要らないの。受け取って、嬉しそうにしてくれれば、満足なの。―――えとね、これ、おとーさんとおかーさんの受け売り、なんだよ」
 えへへ、と照れたように笑う子供に、イル=ベルは依然躊躇いながらも「それじゃあ、」と手を伸ばす。確りと、その棒を握る。大切な物を持つように、ぎゅっと。壊れ物を扱うように、そっと。
「ありがとう、なのです。とても綺麗で―――とてもとても、嬉しいのですよ」
 心がぽうっと、温かくなって。
 ――――二人に会いたいなと思った。

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